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「世界一大きな津軽凧製作者」佐藤 とく子さん①

皆さん  藤崎に 世界一大きな津軽凧 の製作者がいることをご存知でしたか?

大凧


これが、世界一大きな津軽凧になります!!

サイズは、高さ9.5m 幅6mです。 

※この津軽大凧は、弘果弘前中央青果株式会社第3売場の中に展示しています。


この津軽大凧は、いまだに世界一の記録を持っています。
この津軽大凧の製作者が藤崎町にいます。


       

その方は・・・・・

とく子さん
 

藤崎町本町在住 佐藤とく子さんです 

 以下“とく子さん”の愛称でみなさんから呼ばれ親しまれていますので、“とく子さん”と呼ばせていただきます。御了承お願い致します。

実は、とく子さんは当ブログ「藤崎町文化祭」の煎茶道芭蕉流で少しご紹介していますので皆さんも見覚えがあるかと思います。

私は、そのブログの掲載確認の際に津軽凧や藤崎町の国際文化交流にとても貢献している方だと知りました。
そして、とく子さんと話をしているうちに、どんどん  とく子さんの魅力に引き込まれてしまい  凧を見たい気持ちもあり、遂にご自宅にお邪魔して来ました。

今回は、その様子と佐藤とく子さんの取り組みについてご紹介したいと思います。

まず、とく子さんのご紹介をします。
写真のようにエプロン姿がとてもお似合いな、町内の歯科医院の奥様です。
時折、見せる仕草が少女の様にとてもかわいくて聡明かつ知的な女性でした。 

カイトマスター(日本の凧の会・津軽カイトクラブ)
全米凧芸術協会国際委員
藤崎町社会教育委員会委員
藤崎町茶華道協会会長


また アメリカのテキサス工科大学大学院にて夏期公開講座の教材として「日本を代表する凧」の中から津軽凧が取り上げられ和凧専任講師として9年間招かれた経験を持ち・・・と輝かしい  肩書きを持っています。




凧 2   凧 3


写真の凧は、アトリエにあるとく子さんが製作した津軽凧の一部です。
凧を骨組みから作り、下絵を描き色をつけ、もちろん凧揚げもします。
華奢でお上品なとく子さんからは・・・想像も出来ませんよね  

ここで皆さんも気になっているとは思いますが、とく子さんがどのようにして凧に出会ったのかを説明します。

若い頃、ねぷたの見送り絵図の絵師に憧れていたとく子さんは、「娘が入る道ではない」と親にたしなまれまた、その当時は誰が描いているのか分らない時代であったため夢を断念・・・・
しかし、もともと絵を描くのがとても大好きだったとく子さんは、絵心を持ち続けて成長しました。

そして・・・月日は流れ、ご主人のお父様が亡くなられて3年後、ご主人は子供の頃にお父様と凧揚げをしたことを懐かしそうにとく子さんに話しました。それは、毎年冬になると、襖程もある大きな大凧を義父が親しい仲間を誘い近所の子供達を引き連れて近くのお寺の裏の雪原で揚げたことでした。
大凧は、バリバリと唸りをあげて空から自分達を見下ろしまた、腰に巻きつけられた揚げ糸に体がズルズルと雪の上を引きづられて行った時の怖さとおもしろさを熱心に語り、とく子さんは、今も胸の片隅にその思い出を抱き、大人になっても尚、心をときめかして感激しているご主人を見て感動ました。

その頃、偶然にも“親子凧作り大会”の記事を見付け参加し、凧の魅力にどんどん引き込まれて行き、今では津軽凧の製作・指導・交流など、幅広く活動しています。



藤崎町で開催されている凧揚げ大会についてご紹介します。

凧上げ大会 ゲーラカイト
①津軽大凧を揚げる大会                           ②海外のカイト(凧)


①毎年1月下旬に矢沢地区の水田で開催されている「津軽大凧を揚げる大会」です。
今年は、記念すべき第30回となります。
この大会は、第14回までシベリアからの季節風を求め西側の五所川原で開催されていました。
余談ですが・・・この大会に遠方から参加するお客さんに特別企画された「津軽の冬体験」にて初めてストーブ列車でスルメを焼いたのはとく子さんでした。

五所川原での自然状態の変化と交通整備の問題などから第15回からは、藤崎に移りました。
藤崎の矢沢地区の水田地帯は、風を遮る物もなく広い農道が通っていて駐車場に恵まれ、岩木オロシが吹き付けるという絶好の条件を備えています。
藤崎は昔から交通の要と言われて集結しやすいという地の利を持ってるので今は、藤崎町での開催が定着しています。

毎年人気が高まる大凧大会は、高い伝統文化を持つ藤崎町に会場を移して凧文化を根付かせ、町民で楽しめるスポーツ文化として育て、県内の凧師達の高い技術をこの町に集結させたいという願いを込めてとく子さんが、水田の持ち主の方々から協力を受けながら使用許可を頂いています。



②海外の凧は、色彩がカラフルで、デザインが斬新です。中には、これが凧と思うような  まるで着ぐるみが風船のように飛んでいるのもあります。

毎年、4月下旬に平川沿いの運動施設ライフコート平川で開催される「国際交流凧フェスタ」は、アメリカ、フランスなど世界各地から凧師が集まり交流を兼ねた凧揚げ大会として行われています。

この大会も、とく子さんが、津軽は冬になると観光誘致は難しいので、目立つイベントが欲しいという願いで津軽の冬の風物詩“津軽凧”でのイベント開催を提案しました。

津軽での国際大会はとく子さんが、アメリカのカイト協会の会長に4年間かけて交渉し5年後に実を結んだ大会です。

最初の大会は、旧岩木町の県立青少年スポーツセンターを包む大自然の中での開催でした。
当時、ドイツ・フランス・アメリカからの外国人23名と日本の役員5名を5日間に渡り、とく子さんの自宅を開放して対応しました。

それから7年後、藤崎町と教育委員会の協力の元、藤崎町内での開催が可能となりあらためて第1回と位置づけ「国際交流凧フェスタinふじさき」の幕が開きました。 


 昨年16回大会は、3・11 東日本大震災の影響を受け中止となりました。今年は、4月29日(日)に開催予定となっています。


文化交流1 文化交流2



「藤崎町の子供達のために」      ・・・

とく子さんは、このチャンスを利用しようと・・・

各国の文化を藤崎の子供達に触れ合ってもらおうと、また津軽藤崎のすばらしい文化を紹介出来る機会だと思い教育委員会に掛け合いその場を設けてもらいました。


その結果、大会日前から参加外国人は、藤崎入りをしてホームステイが始まります。
1週間の滞在期間中には、町の3校の小学校を訪問して子供達が組んだスケジュールに合わせて文化交流をしたり体験授業をしたり凧作りや凧揚げを楽しみ、給食も一緒にとります。

また、町の文化協会を代表して茶華道協会は、いけ花やお茶会を開いて日本の伝統体験の不足分を紹介しています。
そして、参加外国人には、着物を着てお茶席に座ることはとても感激を与えるようです。

「国際交流凧フェスタ」オープニングセレモニーの演奏で大会を盛り上げる自衛隊音楽隊も、とく子さんの働きかけで参加が実現しました。

自衛隊による演奏会は、午後となっているので午前は、自衛隊音楽隊は学校指導に訪問します。
こちらは、中学校での個人指導がメインとなっています。

その活動は、藤崎町立藤崎中学校吹奏楽部の全国大会金賞受賞という成果にて反映されています。



このように、“ただでは起きない”のがとく子さんです!!
必ず藤崎町に何かプラスでかえってくるようなことに結び付けているのが、とく子さんの活動だと思いました。
藤崎町発展のためにたくさんの方々が頑張っていますが、とく子さんもその有力な一人でした。

ここで  頂いた冊子より、もう一つとく子さんが子供達に対しての取り組みが伺えますので紹介します。

「津軽凧復興活動が功を奏し、津軽一帯に製作講習会が開かれるようになった。(中略)
 講習会は弘前を中心に学校や公民館よりの依頼が多く、旧藤崎町立小畑小学校の場合はよそとは違っている。(中略)郷土の伝統文化を体験させたいという授業の一環で図工の時間に取り入れてのである。教職の体験を持つ私は、繊細なカリキュラムを提出してこれに応えた。(中略)この※学校最後の20年間の継続指導を任せられたこの事業は、県教育委員会出版の冊子に掲載されテレビ局は30分番組を編集しました。」
※小畑小学校は、1994年西中野目小学校と統合し藤崎町立藤崎中央小学校になりました。 
             
                   ※引用・・・・「凧と私」  佐藤 とく子


とく子さん個人の国際交流活動では、“津軽凧”の普及を進めるため、発信するため海外へ訪問し“津軽凧”津軽、日本の伝統・文化を紹介しています。
そのすべての活動の様子や写真をアトリエにて見ることができたのですが、今回は、旬な 南極大陸(キムタク ・・・)のお話を紹介します。

とく子さんの凧が、ちょっとしたきっかけで南極大陸の昭和基地へ贈られることになりました。
1年半近く、日本から離れ活動する越冬隊員達は、心和ませ、心の支えとして身近に置いある津軽凧の様子を「手紙にて報告して来ました。」
そして、隊員達は、厳しい生活の中で大凧揚げを楽しみ、子供の頃を思い出したようです。
ということは・・・
南極の空に津軽凧が舞い上がったのです
(下記写真 上部)

南極大陸



とく子さんから頂いた冊子の引用です!!ステキな心に響く言葉なのでご紹介します。

「“NO BORDER IN THE SKY (空には国境がない)”」
         ※引用・・・「凧と私」  佐藤とく子

とく子さんが哲学としているこの言葉は、まさに南極も日本の空も国境はなく繋がっていると感じます。






今回はここまでです!!

次回は、津軽凧の製作と藤崎町茶華道協会の活動についてご紹介致します。 




                        <外反母趾> 
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藤崎学プロジェクト

Author:藤崎学プロジェクト
2010~2012年まで藤崎町を紹介するブログとして、本田庸一の業績から、りんご栽培の歴史や安東氏を取り上げました。2013年からは、安倍安藤氏、ナガスネ彦・二ギハヤヒ、オオ彦や高丸等、藤崎安藤氏のルーツにこだわるブログとして再スタートしました。

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